レポート

2024-09-02 近況

環境に順応していく最中の変化

歴史的猛暑に見舞われた今夏の日本列島。珠洲ホースパークが位置する石川県珠洲市も例外ではなく、馬にとっても人間にとっても厳しい熱波に襲われました。しかし、暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもので、ここ最近は日中こそ暑さが残るものの、朝晩に放牧地を吹き抜ける海風には涼が感じられるようになりました。

そんな奥能登へ、グル(グルーヴィット)、ベレ(ベレヌス)に続き、7月27日にはバーデン(バーデンヴァイラー)がやってきました。現役引退からそう時間が経っていない彼らに視線をやりながら、角居さんは目に見える身体的変化を語ります。
「現役を終えて間もない馬は、先住馬と比較すると圧倒的にエネルギッシュな馬体を持っています。ただ、こちらでは競馬へ向けたトレーニングを行うわけではないので、競走馬にとって大事な“最長筋(頸の付け根から臀部に向かう筋肉)”を鍛える必要がなくなります。その結果、一時的に筋肉量がガクンと落ちて、こちらの環境に適した筋肉、速く走るための筋肉ではなく、持久力を生み出すような筋肉を手にするまでは、痩せこけて見えるんです。この変化は、まさに前回お話した“能登色に染まる”といったところでしょうか。加えて、アブや蚊といった吸血昆虫や近年の猛烈な暑さ、能登特有の高い湿度も、自然界で暮らす限りは避けられないストレスで、筋肉量がより減る要因となります」

続けて、
「夏には皮膚にも変化が現れます。トレセンなどとは異なり長時間、高温多湿の気候やアブなどの昆虫に晒されることで皮膚が炎症を起こし、毛が抜け落ちてしまうんです。真逆の冬場にも同様の変化が見られますね。この現象はこちらに来て1年目の馬たちに必ず見られるもので、身体が新しい環境に適応しようとしている証なんです。事実、季節を一巡した2年目以降の馬たちには、大きな炎症はほぼ見られません。環境に適した丈夫な皮膚を手にしたということなのでしょう」

環境への適応過程で蹄も変わっていく、と角居さんは話します。
「競走馬の場合、ザ石は競馬や調教に影響を及ぼすため、できれば避けたい疾病のひとつですが、こちらではむしろ大事なんです。これからは常に裸足で生活していくので、強い蹄に変えていく必要があります。【ザ石→軽度のハ行→削蹄】を3回くらい繰り返すと爪質が一気に硬くなって、地面に普通に転がっている小石なんかにも対応できるようになります。また、蹄の形についてもこれまではレース仕様に整える必要がありましたが、こちらではそのような必要もなくなります。競走馬は靴(蹄鉄)を履かせるための削蹄を行いますが、こちらでは自然の中で、裸足で生きていくための形状、すなわち自分が持っていた素のままの蹄の形に戻すための削蹄を行います」

放牧地での馬模様について、角居さんは新たな発見がたくさんある、と興味深く語ります。
「引き続き、2つのグループに分けて日中放牧しているのですが、群れのリーダーに君臨するカウ(カウディーリョ)に喧嘩を売る馬はいなくなりました。ある一頭を除いてはね(笑)。試しにカウとベレを同じ放牧地に入れたところ、相も変わらず積極果敢に立ち向かっていくんです。トップの座を狙う意識は、ものすごく高いんだなと改めて実感しました。争いにケガはつきものですが、今ベレはザ石もあって爪が痛く、ちょっと弱っているタイミング。必要以上に体力が整ってしまう前に決着をつけさせてあげないとケガの度合いも大きくなってしまうので、ここから暫くの間が勝負かなと考えているところです。カウは自身が群れのリーダーであることをはっきり自覚している感じで、この群れを守らなくてはいけない、といった雰囲気に満ちています。リーダーになったタイミングで、カウの馬体がボンっと膨らんだのは驚きでした。リーダーになるための体づくりというものは自然に進むのだなと。まさに目からウロコ、でしたね」

「グルは、相変わらず大人しく、優等生に変わりありません。ただ、こちらに来るまでに背中に負荷がかかっていたようで痛みがある感じです。そのため、放牧地の中でも運動量が少なくなってしまい、本来の元気を取り戻すまでにもう少し時間がかかりそうです。角馬場や海岸での騎乗運動でしっかり全身を動かしてストレッチを行い、筋肉のバランスを整えていきたく思います。かなりの時間を放牧地の端っこで過ごしており、頻繁にいななくなど、恋しさ、寂しさを全面アピールしている感じです(笑)」

「新入りのバーデンは、競馬では噛みつきに行った、と聞いていたので身構えていたのですが・・・、実に大人しい。最初は猫を被っているかもと思ったんですけど、やっぱり大人しい(笑)。馬体は大きくて立派ですが、平和主義者なんですね。こちらに到着後、すぐに放牧地で仲間に合流できましたし。仲良しのポッキーも争い事には無縁で、類は友を呼ぶ、といったところでしょうか。水浴びが大好きで、スタッフにシャワーをせがむ姿はとてもかわいらしいですね」

そして、角居さんが感銘を受けたことを呟きます。
「キャロットさんから譲っていただいた馬に共通して言えることは、『ちゃんと躾ができている』ということです。ノーザンファームで丹念にグラウンドワークを行ってきたことが、明らかに形となって表れています。素晴らしいですね。これからは様々な方面での活躍が期待されますが、その時、この躾が確実に活きてくると思います」

最後に、珠洲ホースパークがこれから歩んでいくであろう方向性を角居さんが思い描きます。
「ホースパークのある鉢ヶ崎エリアには、地域住民と復旧業者の仮設住宅が建ち並んでいるのですが、馬を間近に見ると会うたびに嬉しがってくれるんです。復旧業者さんがそれぞれ地元に戻った際、『珠洲に行ったら、日常の中で馬に会えた』みたいな話が広がってくれれば嬉しいですね。復旧・復興は地域一丸でやっていくことが大切ですが、未だに地域が動けない状況にあるので、我々がアクションを起こす側にならないと、と強く思っているところです。具体的には住民が前を向けるよう、メンタルケアも含めた、馬とのコミュニケーションプログラムやホースセラピーなど、できることはあるはずです。馬たちは珠洲にやってきて、こちらの自然環境に適応すべく自らの姿を変えていますが、人間も地震で大変だったけど、先に進むために自ら変わっていく必要があると思うんです。その過程に馬を交えることで、背中を押してあげることができるのではないかと。また、子供たちが馬や我々の活動に触れ合うことで、将来的に新しい雇用を創設できる可能性があることを伝えて、次世代の人材をこの地域で生み出していく、そんな活動もできたらと思っています。新天地で持てる力を発揮していくだろう愛馬たちに、温かいエールをお送りいただければ幸いです」

相変わらず仲良し二人組 カウ&セリ^^

あぢぃ・・・争いも疲れるぜよ・・・ ベレ

海中行軍はいい運動になるんです♪ グル

次は僕の番♪ 食べながら行儀よく並んで待ってます バーデン

仮設住宅そばの横断歩道を渡り、海水浴からおうちに帰ります

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