レポート

2024-11-08 近況

変わりゆく馬と馬との関係性

9月の能登豪雨では珠洲市をはじめ、奥能登の各地で甚大な災害が発生しました。一部の牧場スタッフも道路の寸断により一時は孤立したものの、珠洲ホースパークが位置する鉢ヶ崎地区は近隣に河川がないこともあって、幸いなことに氾濫等の被害を受けることなく、在厩馬たちはいつもと変わりない放牧生活を継続することができました。その後は穏やかな秋の陽気に包まれる、人馬ともに過ごしやすい時間が流れましたが、ここ最近は日増しに秋が深まり、朝晩の冷気に触れることで周辺の木々は次第に色づいてきました。

そんな珠洲で暮らすことで馬たちには様々な変化が見られるようになると、角居さんは話します。
「これまでもお話しているとおり、こちらでは競馬に供するわけではないので、ハードなトレーニングを行う必要がなければ、高カロリーの濃厚飼料を頻繁に与える必要もありません。なので、一日に食べる餌の量自体は十分で、ボロの感じからも内臓は健康そのものであるにもかかわらず、生活のスタイルやサイクルが大きく変わることによって、一時的に全体の筋肉が落ちるなど、見た目は現役時と比べるとガラッと変わってきます。ただ、メンタル的なストレスという観点ではかなり緩和されているようで、それは目つきの変化として如実に表れている感じです。現役時は高カロリーの飼料を摂取することで体内に膨大なエネルギーを溜め込む必要があり、馬はそれを発散させたいという感じで、自ずと目つきは鋭く、ギラギラしたものになってくるんです。その反面、こちらではエネルギーを溜め込む必要がなく、そうなると発散する必要もなくなるわけで、逆におっとりとした穏やかな目つき、戦う必要がないということを悟ったようなトロンとした優しい目つきになってきます」
続けて、「これからはほぼ粗飼料だけで体を作っていく、増やしていく必要がありますが、そのためにはこれまで課されてきた高速調教から低速の有酸素運動に切り替えることはもちろん、継続的かつ長時間の運動を行うという作業が大切になってきます。ただ、今年の夏がかなり暑かったことに加え、放牧地の草が本来グッと伸びるタイミングで先の豪雨に見舞われたことで、馬に対する青草の供給量がやや少なくなってしまったんです。そのため、今ある放牧地に隣接する草地(後々は新たな放牧地として造成予定)に、スタッフ総出で仮設の柵や網を設置し、臨時の放牧地を開拓しました。その甲斐あって、馬たちは新鮮な青草を食むことができるようになり、現在はトータルで摂取すべきカロリーを挽回しているといった感じです」

放牧地で黙々と草を食む馬たちを優しい面持ちで見やりながら、角居さんはここ最近の群れや各馬の様子について語ります。
「ここまで馬を生業として過ごしてきましたが、珠洲ではまさに新しい発見の連続ですね。実に興味深いシーンがどんどん目に飛び込んできます。8月まではグループを2つに分けて放牧していましたが、9月からは全頭放牧に切り替えました。これまで、カウ(カウディーリョ)と唯一の牝馬・セリちゃんは常に一緒に行動していたのですが、ある時期を境にセリがベレ(ベレヌス)に寄っていくようになったんです。そんな予期せぬ事態にカウは混乱してか2頭の間に割って入ったり、ベレも自らが望んでいないスタイルだったのか、困惑するような感じで・・・(笑)。我々もセリに対するカウの献身的な姿勢を見てきただけに何とも複雑な心境でして・・・(苦笑)。でも、今は基本的にカウとセリが1ペアになって群れを統率する形に戻った感じで、たまにセリが他馬に寄り添うことがあるんですが、カウはもともと好戦的でないことも手伝ってか泰然自若として、群れをしっかりまとめている感じです。ベレはこちらに来た当初、『てっぺん取ったる!』と闘志メラメラでカウのポジションを奪い取るべく、ガンガン争う姿勢を見せていたのですが、ボスに君臨するカウが人格者、いや馬格者だと理解したのか、ここ最近は『僕、一番になんなくてもいいかな~。無理してイキらなくてもご飯食べられるし~』と悟りを開いた感じで・・・(笑)。そのときから目つきが本当に優しくなりましたよ」

「グル(グルーヴィット)は、なかなか馬同士の集団生活に馴染むことができず、ひとりで佇んでいることが多かったのですが、少しずつ背腰のコンディションが戻ってきたことで思いどおりに動けるようになって、自ら群れの中に入っていくようになったんです。ただ、馬よりも人に寄り添いたい気持ちが強い馬であるが故、そのあたりを嗜めるようにセリから“あなたは馬につくの?それとも人につくの?どっち!”って感じで、教育的指導をいただくことも多々ありまして・・・(苦笑)。でも、そのおかげで自分の立ち位置を少しずつ掴みかけている感じがしますね。背腰の状態は良くなったものの緩みは残るので、今後もゆっくり目の常歩を繰り返し行うことで整える必要はありそうです。争い事とは無縁の子と思っていましたが、馬体が整って苦しいところがなくなりさえすれば気持ちが高揚してきそうな雰囲気もあり、ひょっとすると近い将来、カウとちょっとやり合うような場面が訪れるかもしれません」

「カテ(カテドラル)はこちらに来た当初、カウを脅かして天下を取ってしまいそうな雰囲気があったのですが、今夏の暑さがちょっと堪えた感じもあって、カテの野望はそこで潰えたようです(笑)。放牧地デビューの際、ちょっとオラオラしちゃったことで浮いた存在になりかけたんですが、間合いのとり方がとても上手な馬で、相手の懐にするりと入ることができるという特技を持っていたんです。今では仲間にすっかり溶け込んでおり、特に当地の大先輩・アル君とは昵懇の間柄。馬が合うというのは、まさにこういった状況を指すんでしょうかねぇ。放牧地内を移動する時、草を食べる時・・・、どんな時でもいつも一緒、不思議な関係が芽生えています(笑)。放牧だけでなく、馬体のバランスを整える意味も含めて騎乗運動を行っていますが、その効果はカイ食いの良化やメンタル面の安定といった形で表れています」

「バーデン(バーデンヴァイラー)はこちらの心配をよそに、あっという間に仲間と打ち解けてくれただけでなく、人にも優しく、なにかと寄り添ってくる姿が何とも愛らしい馬でした。なくなってしまったことは痛恨の極みとしか言いようがありません。珠洲に来てくれたことはもちろん、わずかな間ではありましたが、幸せな時間を共有でき、たくさんの幸せを運んできてくれたことをとても感謝しています」

角居さんが見る珠洲の現状、そして珠洲ホースパークの今後について、角居さんから皆さんにご報告です。
「1月の地震発生からなかなか手をつけることができず、倒壊した家屋がそのままの姿を晒している状況が半年以上も続きましたが、ここ最近は公費解体が急速に進み、更地が多く見られるようになりました。視界を遮るものがなくなったことで、場所によってはこれまで望むことができなかった海が見えたり、学校や図書館といった大きな公共の建物が目に飛び込んできたりするようになりました。景観が変化する速さに驚愕するとともに、日常だった光景があっという間になくなってしまうという怖さを覚えることもしばしばです。珠洲ホースパークの隣の区画はとても広大で、現在はこれまでの災害で発生した瓦礫や不要になった木材の一時的な置き場になっているのですが、あっという間に満杯になってしまいました。度重なる地震に加え、9月の豪雨災害で市中のありとあらゆるものがなくなったことで多くの住民の心が折れてしまい、もう一度何かを興すという気持ちが萎えてしまったように感じることも多々あります。そんな状況下で新しい工場や産業を創出することはなかなか難しく、農業・漁業・林業も地震による地殻変動などの環境の変化から、少し諦めかけているような雰囲気が漂っていますが、そんな時、第1次産業であり、サービス業でもある、教育や社会福祉に繋がる『珠洲ホースパーク』は、能登復興の旗頭となり得る可能性を秘めていると強く思えたんです。実際に9月の見学受付再開から多くの方にご来場いただいています。具体的には地元住民や元愛馬との再会を楽しまれるキャロットクラブの会員さんはもちろん、複数の企業研修や大手企業が主催する見学ツアーなど、来訪の目的や趣は多岐に及んでいます。現在の珠洲の環境から、まずは地元住民の心の癒しを第一に据え、その先は地元に様々な面で還元できる施設にしていくことが肝要と考えています。しかしながら、行政は全体的な復旧復興に力を注ぐ必要があり、そこに全面的に頼ってしまうと目的を達成することはかなり先、もしくは叶わない可能性も出てくるのではないかと強く感じたことから、このたび独自のクラウドファンディングを開始することにしました。詳細はみんなの馬のホームページやSNSで発信していますので、もし我々の趣旨にご賛同いただけるようでしたら、皆様のお気持ちをお寄せいただければ幸いです」

鉢ヶ崎海岸の松林でしばし休憩 カウディーリョ

優しい眼差しでこちらを見つめる ベレヌス

ようやく調子が出てきました グルーヴィット

どうやら馬が好きだったみたい カテドラル

ありがとう バーデンヴァイラー

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