レポート

2025-05-29 近況

いろんな変化があります

幾度も寒波が押し寄せた厳しい冬に別れを告げ、今年も奥能登に麗らかな春がやってきました。それを今か今かと待ちわびていたかのように、大地は瞬く間に青々した新芽で覆いつくされ、周辺に立ち並ぶ樹々も一斉に碧さを増してきました。

そんな長閑な光景に囲まれて角居さんは呟きます。
「奥能登が1年のうちで一番いい季節を迎えた、という感じですね。ここぞとばかりに馬たちが新芽を頬張ってしまうので、放牧地は緑一色とはいきませんが、馬たちの身体には春の恵みを享受したことを物語る変化がはっきり見てとれます。冬毛が抜けると同時に張りが出て、肉づきも良くなってきました。みんなで一斉に走り出すシーンも増えましたが、その姿は心底楽しそうで、体調もすこぶる良いんだと思います。放牧地の一部は地震の影響で液状化したり、傾いたりしましたが、馬たちが踏み固めることで徐々に平らになってきましたし、馬たちが必要とする好きな草だけが生えてくる植生に変わってきた感じがします。元々は馬のいない、普通に草が生い茂る土地を人間が放牧地に作り変えたわけですが、馬はそこを自分たちの力で快適に暮らせる場所に変えてきた、そう、自分たちに適した環境を整えることができる動物なのだなと改めて感心しています」

角居さんはここ最近の群れの様子について解説します。
「冬場は放牧地の数か所に牧草を供給する形を採っており、食べる場所が限定されることで争いが勃発しましたが、今は放牧地一面に青草が生えてきたことでそういった小競り合いはほぼなくなりました。好きな場所で草を食んで、そこに仲間がいれば仲良く草を食むといった具合で、いい距離感を保っていますね。何かびっくりするようなことがあった時は共に行動するなど、ワンチームになってきている感はありますが、これまで群れを牽引してきたカウ(カウディーリョ)とセリちゃんは今もペアではあるんですけど、その関係性にはやや変化が見られるようになってきました。群れの中での各馬のポジションに変化が出てきたというのか、群れの形が新たなステージに進んでいる感じがしますね」

当地で暮らすすべての馬に分け隔てなく愛情を注ぐ角居さん。個々の馬について、ここ最近の様子を伝えてくれます。
「カテ(カテドラル)は、身体の歪みがなくなったことで、この馬本来のストロークの長い歩きを繰り出せるようになってきました。このロングストロークは一歩で稼げる距離が長い反面、ピッチを入れにくいため、最初に加速することが不得手なタイプが多く、本質的には長距離を走るのに適していて、うちの厩舎にいたデルタブルースがそうでした。ただ、デルタブルースは重い感じがしたのに対し、カテはサッと動ける軽さを兼備しているんです。このあたりがマイルでも活躍できた要因でしょう。こちらに来た当初は性格のキツさが目立ちましたが、メンタルのバランスが整ってからは本当に落ち着いて、きっちり歩けるようになりました。今ではあんまり乗馬経験のない人でも乗せることができそうだと思えるほどです。ただ、ストロークが長いので骨盤の小さい小柄な人だと乗っていて大変そう、逆に身長があって骨盤の大きな人であれば、あの背中の揺れ具合が心地よく感じられるかもしれません」

「グル(グルーヴィット)は身体が左に歪んでいて、乗り馴らすことで右半身の硬さは解れてきたものの、左半身にはまだ硬さが残りました。その影響で背中を上手く使うことができず、後肢の踏み込みに物足りなさを覚えました。エアグルーヴ系は 私の経験上、“縦に弾んで、後肢を大きく踏み込ませることの出来る”という血統なんですが、グルの場合、右は弾むけど左が弾まなかったんです。弾ませるために左後肢の踏み込みをあと5センチ深くしたいな、というイメージで乗ってきたところ、ここ最近は左右差が徐々になくなり、以前より2センチくらいは深く踏み込めるようになった感触を得ています。背中も良くなり、本来のグルらしい背中の弾みがある歩きができるようになってきたので、ここからはグッと良くなってきそうです。こういった作業はある程度のテクニックが必要ですが、トレセンや乗馬クラブと異なり、こちらでは人材に限りがあるので、乗り手同士の感覚を揃えていくことが重要で、馬たちのためにも扱う人間の育成のためにも、自分が背中越しに得た情報の共有は怠らないように努めています」

「カウはちょっと前から少々姿勢が悪くなってきた感じで、少し神経質なところも見せていたので、身体の歪みを直すことを意識したうえで乗り運動を行うようにしています。片やベレ(ベレヌス)は対照的に心身のバランスがとても整っていますね。以前はもっとオラオラしていましたが、今では攻撃性も薄れ、日々落ち着いて過ごしています。ただ、静かなるドンではないですが、俄かにボス感を漂わせるようになってきました」
「これまでは、ボスたるカウとリーダーたるセリちゃんの2頭が群れを統率する形で、セリちゃんの発情(フケ)が来ている時は他馬を寄せ付けない、というのがカウのポジションだったのですが、今はフケの状態にあるセリちゃんがボス感を漂わせるベレを追いかけてしまっている、という状況なんです。それが引き金になり、カウとベレの争いに発展してしまって、しばしば小競り合いも・・・。ベレはあまり好戦的でないこともあり、『僕、構いたくありましぇん』と言わんばかりに逃げるんですけど、これまで献身的にセリちゃんに接してきたカウにとって面白くないことは明白で、怒り心頭、ストレスが溜まるのも無理はないと同情したくもなりますが、これが動物界、自然界のルールなのかもしれない、とここ最近は考えるようになりました。群れを守るためには強いボスが必要で、リーダーの座にある牝馬は一番強い、ボスとして足り得る存在を探し出して、それを立てていく、といったものですね。カウがちょっと調子を崩していることを察したセリちゃんが、群れの行方を案じた末に起こした行動ではないかと。草食動物は常に肉食動物に狙われる立場ですからね。競走馬として成功を収めた強い馬たちなので、誰もがトップに君臨する資格を有していると思いますが、自然界のルールとしてその折々で一番を決めなくてはいけない、それ故、カウとベレの争いがあると思いますし、体調が整いさえすればグルがこの争いに加わってくる可能性も十分ありそうです」

「やんちゃなベレ(苦笑)。当初は先が思いやられましたが、いい意味で裏切られました。乗馬未経験者を乗せても嫌がる素振りを見せることなく、ちゃんと鞍上に合わせて動いてくれるんです。現役を引退してからそう時間が経っていないことで、“横反応”とでも言うのかな、乗り手のバランスが横にずれるとそれに合わせて動くといった左右の動きに対する敏感性は残るものの、勝手に速歩や駈歩までスピードを上げることもなければ、びっくりして大きなリアクションを見せることもほぼないので、今後は様々な人を背に乗せることで体幹軸を強くして、初心者でも容易に乗れる馬になってくれそうです。カウも経験値の少ない人間を乗せることに長けた馬ではあるのですが、今の状況では異なるバランスで乗られると嫌がる動きを示しそうなので、まずは身体を整えてあげたいところです」

奥能登特有の真夏の暑さ、そして、珠洲ホースパークの環境の変化にどう対応させていくか、角居さんは考えを巡らせます。
「まずはアブ対策。こちらの夏を経験済の子たちは耐えられると思いますが、カテは初めての夏になるのでパニックにならないよう、これまでの経験をもとに策を講じたく思います。次に暑さ対策。反復練習の甲斐あって、どの子も鉢ヶ崎海岸で海に入ることができるようになったので、運動の後は海水浴でクールダウンというパターンを積極的に取り入れていきます。最後は珠洲ホースパークの環境の変化への対応。今年はJRAと珠洲市からの支援を受けて厩舎1棟の新築、震災でダメージを負った施設の修繕、放牧地の拡張など、さらには日本財団の助成により、食事をしながら放牧地にいる馬たちを眺めることができるコミュニティー施設“みんなの家”を敷地内に新築するなど、長期にわたって工事が実施される予定です。工事では大きな音はもちろん、人や工事車両の往来、間近に迫る大きな重機の存在など、これまでにない環境に囲まれます。本来、サラブレッドはこのような環境に慣れるためのトレーニングを行う必要はありませんが、ここにいる子たちにとってはとても大事なんです。ただ、災害瓦礫を運ぶダンプが近くでバンバン走るようになっても、隣接地で作業する重機の音が響いてきても動じることはなかったので、おそらく自然と順応してくれると思うんです。この子たちが知っているテリトリーの環境が、工事の進捗によって刻一刻と変わっていくということは外の世界でも山ほどあるはずで、これから様々なシーンでの活躍を想定した場合、このような環境を体験できることはプラスに転じそうです。こちらも可能な限り手助けして環境に慣れさせる、新しいものに過剰に反応しないように気持ちを鈍化させる、そういうための夏にしていきたく思います」

最後に角居さんから皆さんに向けたメッセージです。
「能登半島地震の影響が色濃く残り、今日に至るまでの1年以上の間、なかなか次のステップに進むことが叶わなかったのですが、止まっていた時計の針が動き始めるところまで、ようやく漕ぎつけることができました。珠洲ホースパークの第1期整備工事が完了するまでに1年弱の時間を要しますが、皆さんを満足に迎え入れることができる日がすぐそこまできている、と心を躍らせています。これからが本当の正念場ですが、満足のいかない状況下においても馬たちは居心地の良い環境を自分たちの力で創生し、そこでのんびりと豊かな時間を過ごせるようになり、そんな光景を観ている僕たちにも実に心地良いひとときを運んでくれています。そんな現状を踏まえると、これからさらにグレードアップできるんじゃないか、皆さんとより幸せな時間を共有できるようになるんじゃないか、とワクワクしています。たくさんのご支援をいただいているだけでなく、一般見学やクラウドファンディングの返礼などでキャロットクラブの会員様には当地へお越しいただき、温かい言葉をかけてもらっています。感謝してもしきれないほどです。本当にありがとうございます。これからは我々が皆様や当地で暮らす馬たちに幸せな時を提供できるよう、最大限努力してまいりたく思います。今後とも応援いただければ幸いです。よろしくお願いいたします」

鉢ヶ崎海岸の帰り道 クアの道で草木をかき分けるカテドラル

5センチ?2センチ? わたし、細かいことはわかりません汗 グルーヴィット

角居さんは馬に乗れる整体師なんです♪ 早く良くしてね^^ カウディーリョ

誰でも乗せられるように特訓中です! ベレヌス

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