レポート
2025-10-17 近況
季節も、人馬も、復興も、着々と歩みを進めています 記録的な猛暑に見舞われた今夏の日本列島。地理的に高温多湿になりやすい珠洲市も例外ではありませんでした。ただ、彼岸を迎える頃には盛夏の肌を刺すような日差しも徐々に柔らかくなり、10月中旬ともなると朝晩の冷え込みが一気に増してきました。そんな折、角居さんにあれこれ質問してみました。―――今年は馬たちにとって大変厳しい夏となりました。その中でどのようなところに注意したり、変化を感じたりしましたか?
「今夏の暑さは尋常ではなく、馬たちにとって非常に過酷なものでした。その中で最も重視したのは『いかにして体調を崩すことなく、夏を乗り越えさせるか』という点でした。まずは徹底して休養時間を確保するように努めました。具体的には放牧を早朝と夕方に分けて行うことなど、高温になる日中の運動量を抑え、馬房や涼しい場所で静かに過ごす時間を大幅に増やしました。その結果、運動と休養のバランスで言うと、一時的に休ませる時間が長くなりましたが、それが功を奏し、今は馬体全体の筋肉がパンパンに張った、非常に良好な状態になっています。夏前と比べると競馬に使っていた現役時に近い、シャープで力強い体つきへと変わってきたな、と感じています。これはうまく夏を乗り越えることができた証だと見ています」
―――その中でも、特にグルーヴィットには顕著な変化が見られたそうですね
「はい、キャロットクラブからお譲りいただいた馬の中でグルーヴィットが最も大きく変わりました。こちらに来た当初から抱えていた慢性的な背中の痛みが解消し、騎乗中に見せていた苦痛のサインが完全に消えたんです。これは、彼本来の能力を引き出すための土台ができたことを意味しています。だいぶ涼しくなってきたことで、後肢に重点を置いた訓練の機会を増やすことができており、特に角馬場で動かしていると、彼の持ち味であるしっかりと踏み込んだ、縦方向の弾みがある動きが顕著に出てくるようになったんです。これはエアグルーヴ系出身の彼が持つ血統のポテンシャルであり、つまりは本来持っている能力を発揮できる状態に近づいているサインだと感じています」
「そして、グルーヴィットの体調が整うことは、群れの序列にも変化をもたらしました。身体を思うように動かせるようになったことで、以前よりも自信を持てるようになり、その結果、牝馬のセリシーヌに近づいたり、カウディーリョと群れのリーダーシップをかけて争ったりと、若干オラオラとした強気な態度を取るようになってきました」
―――その結果、僚馬のサトノアクセル(通称ポッキー)が、溢れんばかりのグルーヴィットのエネルギーを受け止める役目を仰せつかるようになったのですね(笑)
「ええ、ポッキーは今やグルーヴィットのいいお友達になりました(笑)。2頭が接する姿は実に滑稽で、まるで『なんで、おぬしはいつまでものんびりしているんだ?!』とグルーヴィットがポッキーに語りかけているような感じに映ります。グルーヴィットに促されることでポッキーも動かざるを得なくなり、結果としてポッキーの運動能力や意識も上がってくるという、面白い相乗効果が生まれているんですよ」
―――カテドラルは現役時代、長きに渡って高いレベルを保つことができ、それによって多くのレースに出走することができました。このようなタイプのお馬さんは、暮らす環境が変わっても安定性の高さという点は変わらないものなのでしょうか?
「それは間違いなくリンクしています。現役時代に身体のバランスが整えられ、四肢の特定の肢に過度な負荷が集中しない状態を保てていた馬は、大きな故障を起こしにくくなります。その結果、競走寿命が長くなるんです。そのようなタイプの馬は、こちらに来た後もトレーニング時の安定性が非常に高いんです。カテドラルはまさにそれで、安定した状態でトレーニングを積むことができますし、来場するお客様へのサービスもそつなくこなすことができるんです」
―――カテドラルもグルーヴィットに負けず劣らず状態が良さそうに映りますが、元から持っている資質の高さに因るところもあるのでしょうか?
「あると思います。カテドラルは非常に高い資質の持ち主です。その証拠に身体に大きな歪みがなく、多少バランスの悪い人間が乗ったとしても、短期間で元の良い状態に戻すのが容易なんです。体幹がしっかりしていることもあってかメンタル的な崩れも少なく、どんな人間を乗せたとしても崩れることはありません。血統はもちろん、資質に恵まれた馬は、セカンドキャリアにおいても非常に安定したパフォーマンスを発揮してくれます」
―――古参のカウディーリョも状態が良さそうで、扱いやすさも増している感じがします
「そうですね、現役時をご存じの方はそうは思わないでしょうが、カウディーリョはこちらに来た当初から穏やかな性格でした。ディアデラノビアの血統ということで身構えていた自分がいたことは確かですが・・・(笑)。ここ最近は前述のとおり、グルーヴィットが台頭してきましたが、争いを避けて群れの中における自分のポジションを確立しつつあります。乗馬の観点で言えば、誰が乗っても安心なレベルに近づいています。なので、様々なスタッフ、特に若い人たちに多く乗ってもらい、馬自身が多様な乗り手を受け入れることができる、所謂キャパシティーを広げていってもらいたいと考えています」
―――キャロット出身馬についてお伺いしましたが、グルーヴィットに施している矯正のための騎乗技術について、もう少し深く教えてください。とても特徴的で、独特な乗り方に見えました
「グルーヴィットはこちらに来た当初から右内方の姿勢が強く、身体が歪んでいるという問題を抱えていました。エアグルーヴ系の血統は本来、背中を固定するのではなく、波打つように身体をうねらせて、後肢の力で縦に弾みながら前進するものなんです。ただ、背中の痛みが彼本来の動きを妨げていました。特に右に曲がる際、左後肢を身体の外側に振り回すような代償運動(かばう動き)をする癖がついていました。これが歪みを悪化させていた原因だと見ています。そこで今はそれを修正するため、後肢をまっすぐ身体の真下に引き込んでいく歩き方を取り戻すことに重点を置いています。乗り手が馬の背中を一度深く押し込んだ後、そこから立ち上がってリズムを取ることで一時的に馬の背中が軽くなります。その瞬間に馬が自然と後肢を深く踏み込めるように誘導する技術を使っています。これは騎手も実践しているテクニックで、馬の反動を妨げることなく、縦の動きを強制的に引き出すために有効な方法なんです」
―――この「乗り手がお尻を上げてリズムを取る」騎乗方法は、暑さ厳しい夏場の限られた時間の中で、グルーヴィットの血統特性と馬の構造的メカニズムを組み合わせて生み出された、非常に合理的な選択だったのですね
「その通りです。猛暑の中では消耗も激しく、時間をかけてゆったり整えていく手段を採ることはできませんでした。常歩で身体を緩めた後、すぐに速歩に移行することで大きな反動を意図的に作り、馬の腰を上げることで横に振る余裕を与えることなく、後肢を真っすぐ使わせる作業を集中的に行いました。これにより血流が促進され、背中の筋肉を短時間でパンプアップさせることができました」
―――乗り手の技術に因るところもあると思いますが、馬によっては目的が達成できないこともあるのでしょうか?
「ええ、そうなんです。グルーヴィットに施してきたこの矯正の動きを、仮に僚馬のポッキーにも取り入れることができれば、もっと軽快に動けるはずなのですが・・・。現状だけで判断すると、残念ながらこれまでのどこかのタイミングで、そうした動きを行うことができない身体になってしまったようです。現役時に未勝利に終わった一つの理由として挙げられるかもしれません」
―――最後に、珠洲ホースパーク、いよいよ復興の時を迎えそうですね
「被災からの復興を目指してきた珠洲ホースパークですが、ようやく本格的な工事日程が定まり、生まれ変わるための確かな一歩を踏み出すことができました。応援してくださった皆さまには、この場をお借りして改めて心より感謝申し上げます。現状ですが、事務所内装や外装と建物の主要部分の修繕は完了し、残るは設備の復旧が残るのみです。ご来場いただく皆さまに安心して当施設をご利用いただけるように水回りの改修を進めており、まもなく利用可能となる見込みです。ここが整えば、キャロット会員様の訪問だけでなく、依頼が寄せられている課外学習や企業の研修なども、より整った環境下で集中して行えるようになるでしょう。そして、復興のハイライトとも言える大工事がいよいよ始まりました。これまで厩舎として使用していた農業用ハウスを取り壊し、その跡地に新しく厩舎を建設する作業に入りました。新しい放牧地の造成も計画されており、新厩舎が完成した暁には、馬たちにより安全で快適な環境を提供できるようになります。来年度中には生まれ変わった珠洲ホースパークを皆さまにお楽しみいただけることになりそうです。ホースパークのスタッフとともにこれまでに得た教訓を活かし、より引退馬の価値が上がる活動を展開してまいりたく思います。引き続き、変わらぬご支援を賜りますよう、お願い申し上げます」

グルーヴィット 痛いところがなくなりガラリ一変♪

カテドラル 状態は常に高止まり↑↑↑

カウディーリョ 群れの中でも人を乗せても安定感抜群です!

事務所外装の復旧作業 着実に日常が戻ってきています

仮厩舎として使用していた農業用ハウスを解体後、新厩舎の建設に移ります