レポート
2026-08-25 NEW 近況
復旧から復興へ 月日が流れるのは、ほんとうに早いものです。ついこの前、青々とした新芽が大地を覆い、桜花が咲き乱れていたかと思えば、あっという間に盛夏を迎えた珠洲ホースパーク。ギラギラと照りつける太陽が大地を焦がす中、日々の屋外作業で日焼けした角居さんが、珠洲市のこと、珠洲ホースパークのこと、そして馬たちのことを語り始めます。———まず、珠洲市や珠洲ホースパークの今について教えてください
「そうですね。これまでの環境を一言で言い表すのであれば、“被災地がずっと続いていた感じ”とでも言うんですかね。実際、この春までは町のあちこちで瓦礫の撤去作業などの震災や豪雨災害の復旧作業が行われ、大型ダンプが頻繁に走り回っていました。それも夏前にはひと段落し、大型ダンプや重機の振動や騒音がなくなったことで、環境は劇的に改善されましたね。やっと被災地のファーストステージが終わったんだな、ホースパークも新しい厩舎が一棟完成したことで、復旧から復興へとフェーズが進んだ、ようやくスタートラインに立つことができたんだな、と実感しています」
———時間はかかったものの、着実に前進しているのは喜ばしいことですね。続いて、ここ最近の馬たちの様子について聞かせてください
「夏場は暑さとアブに追われることで疲れが見られるようになりましたが、昨年と比較すると全体的に体調の変動幅が少なくなったと感じています。群れの中での序列が安定して、放牧地での馬同士の争いごとが減ったことも影響しているとは思いますが、こちらの風土、環境に適応してきていることが大きいんじゃないかな」
———体調の安定、いい傾向ですね。次は各馬について伺いたく思います。まずはカウディーリョからお願いします
「牝馬のセリちゃんとの関係は、少しずつ落ち着いてきたように見受けられます。ただ単にセリちゃんが冷めてしまっただけかもしれませんが、それでもカウディーリョはセリちゃんに積極的に寄っていくんですよね・・・(笑)。カテドラルやグルーヴィットら、男の子たちとの関係性は許容範囲内で安定しており、自らリーダー争いをけしかけるような兆候も見られません。群れのリーダーに相応しい凛とした佇まいを見せつつ、元から持ち合わせている優しさがより前面に出てきている感じです」
———今年の夏も暑くなりましたが、体調はどうでしょう?
「馬体はパンとして張りがあり、体調はすこぶる良さそうですが、角馬場でキャンターを行うと不正駆歩になることがあります。手前の変換や前捌きは安定していますが、後肢の歩様のリズムが崩れているあたりから、原因は後肢の緩みにあると見ています。暑熱対策で放牧を比較的涼しい時間帯に制限して、馬房内で過ごす時間を長く取っていることや、本来たっぷり時間をかけて運動するところを30分という短い時間の中で駆歩まで盛り込むなど、凝縮したメニューを行わざるを得ないことも少ながらず影響していると考えています」
———こういったところは解消するものなのでしょうか?
「放牧と運動の時間を元に戻せる季節になれば、自ずと問題は解消すると思っています。トレセンで競走馬が過ごす一日がいい例として挙げられます。朝2時間程度の調教時を除けば、ほぼ馬房で過ごしていますよね。でも、走るペースは断然速く、坂路コースなどのアップダウンもあるので十分な負荷がかかります。トレーニング量がきっちり効いているから、たとえ長時間馬房にいたとしても馬体が緩むようなことはないんです。ここ珠洲の環境に置き換えると運動量を増やすこと、具体的には長時間の日中放牧や鉢ヶ崎海岸までの長い距離で常歩運動ができるようになれば、緩んだところが自ずと引き締まって動きは安定してくると見ています」
———続いて、カテドラルはどうですか?
「ここ最近、背肉が寂しく映ります。ただ、これは自然なことで、競走馬時代に鍛え上げられた瞬発力を生み出す速筋が落ちて、持久力に優れる遅筋に切り替わる真っ只中にあることを意味しています」
———どのくらいで見た目というか、筋肉は戻ってくるものなのでしょうか?
「馬にもよりますが、速筋が落ちるのに1年程度かかります。そのあと、こちらで生活するために必要な遅筋がついてくることで、見た目もパンとしてくるんです。ただ、ここまでの経験を振り返ると、競走能力の高い馬ほど筋肉が速筋中心になっているので、戻ってくるまでにより時間がかかる傾向が見られます。カテドラルは重賞を勝ったように能力の高い競走馬でしたから、戻ってくるにはあと半年ほどかかるのではないかと想定しています」
———“想定”という言葉は、速筋はつけるものであって、落とすものではない、というところから出てきたのでしょうか?
「はい、そのとおりです。調教師時代は速筋を鍛えて、鍛えて、鍛えまくるのが基本でしたから。競走馬は背中に脂肪がついて、背骨が通っているところに谷間ができてしまうと太りすぎのサイン。いわゆる“背割れ”の状態ですね。背骨のところがほぼ平らかつ、その箇所がちょっと手に触れた程度でパンパンの状態に感じられるようにするというのが正しい世界でしたからね」
———少し本題から外れてしまいますが、背中をそういう状態にするためにどのような運動を行うのですか?
「単純に言えば、背中を思い切り伸ばして縮めるという動作を、左右均等にバランスよく繰り返すんです。伸縮できる度合いが大きくなればなるほど、跳べる距離が長くなります。人間で言うと、走り幅跳びなどの運動が一番背中の筋肉を使うんじゃないかなと思っています。人間は2本の足で跳躍しますが、競走馬は4本の脚で跳躍します。要するに一回一回走り幅跳びをしているような感じじゃないですかね。後肢で蹴って前肢が着地するまでの滞空時間が長ければ長いほど、一完歩の距離を稼げますし、余計なエネルギーを使わなくて済むので、結果的に他よりも速く走ることができるようになる、こんな感じだと思います」
———面白く、興味深い話ですね。では、グルーヴィットはどうですか?
「基本的に気が強く、群れの中での序列を争うような素振りを見せることはあるものの、夏の暑さとアブがちょっと堪えているような感じです。背中の痛みといった身体面の問題もあったとは思いますが、もともと一匹狼的なところがあって、放牧地では集団に属さず、一頭でいることが多かったんです。でも、その状況だとアブの攻撃を一頭でまともに食らってしまう、大変な目に遭ってしまうことを学習したのでしょう。ここ最近は意図的にグループの中に混じり込むようになっています。アブはどの馬だって嫌いですし、何ならシェアして、お互い少しでも楽になりましょ、となるんです。こういった行動が顕著に見られたのがアルくん(レッドアルティスタ)とポッキー(サトノアクセル)の間柄でした。ここを開場した当初は今よりもアブが多くて、アルくんは自分についたアブをポッキーに譲る仕草を散々繰り返していました。普段はあれだけ噛みつくなど意地悪をしていたのに、夏の間だけぴったり寄り添う姿を見て、動物ってこんなことするんだなと、ちょっと感動しました。ストレスという観点でいうとアブの存在は厄介ですが、そのアブが仲間意識を高めてくれるというか、群れをひとつの塊にしてくれている、必要悪とも言えるのかもしれません(苦笑)」
———体調や馬体の具合はどうですか?
「以前は背中に痛みがあったことで満足に動くことができませんでしたが、今では弾むような動きを見せています。背中はいい意味でパンと張ってきていますし、触っても反応を示すことがなくなりました。こちらに来たときと比較すると見違えるほど良くなってきましたね。ただ、暑さでちょっとバテている感じはあるので、他の馬と同じく、放牧や運動時間を加減することで体調をうまく維持していきたいと思います」
———ありがとうございます。これまでも話題に上がっていた新しい厩舎について教えてもらえますか?
「新しい厩舎は7月頭にようやく完成しました。旧厩舎と比較すると圧倒的に断熱性が高いですね。暑さ対策にかなり寄与していると思います。実際にエアコンやミストはありませんが、馬たちは暑さで汗をかくこともなく、とても快適に過ごすことができています。ひょっとしたらトレセンの厩舎よりもいい環境かもしれません。使い勝手を確認しつつ、人馬のために改良した方がいい箇所を見つけて、このあとに控えているもう一棟の厩舎建設に活かしていきます」
———最後に皆さんに向けたメッセージをお願いします
「厩舎が一棟建ったものの牧場全体の工事が終わったわけではなく、これから放牧地の拡張をはじめ、もう一棟の厩舎やカフェレストランが入る“みんなの家”の建設、施設の修繕等も控えているので、工事車両が頻繁に入る状況に変わりはありません。それでも夏前くらいから、これまでと比べようがないほど来場者が増えているんです。その方々の様子を窺い、実際にお話を聞いてみると、ここ珠洲で実現できた“元競走馬を間近で見て、触れられる環境”をとても喜んでおり、心地よく受け入れていることがひしひしと伝わってきました。嬉しいことにお盆期間中には相当数のキャロットクラブ会員様にもご来場いただきました。みんなの家はすでに着工済で、早ければ今年の暮れには完成する見込みです。カフェで食事しながらお馬さんを見ることができるようになれば、より高い次元で来場者の対応ができるようになるでしょう。ハード面だけではなく、ソフト面も充実してきました。騎乗スタッフやカフェレストランを切り盛りできる調理師免許を持ったスタッフも増えて、より多くのことができる態勢が整いつつあります。競馬そのものではなく、引退馬支援にかかわる仕事に関心を寄せる学生さんもいて、現に北海道からインターンシップでこちらに来て、日々の作業を手伝ってくれています。この業界の将来を考えると嬉しい限りで、とても頼もしく思います。これからは暑さも峠を越えて、奥能登はいい季節を迎えます。ぜひとも珠洲ホースパークに遊びにいらしてください。皆さまのお越しを馬たち、スタッフとともにお待ちしています」

新厩舎前の角馬場でトレーニングに勤しむグルーヴィット

涼しい木陰でお散歩中のカテドラル

セリちゃんとゆったりお食事たいむ カウディーリョ

7月に竣工を迎えた新厩舎

皆さんのお越しを首を出してお待ちしています♪